『MILK』と『W.』(3) [映画・映像]
随分売り時を逃した形での公開である。少なくとも任期中に公開していれば、もっと話題になったのではないか? 水曜日、1000円の日の夕方の回に行って300人の劇場に30人ほどの入り。何か事情でもあったのか?と勘ぐりたくなる不思議な公開時期である。
オリバー・ストーンは正直で公平なポートレートにしようとした、と言っている。また大統領選の前に公開したことに関して、4年前、8年前にどういう人間を選んでしまったのか思い出してみるのも意味が有る、と話している。
その意味ではその通りなのだが、そもそもブッシュを支持していた人々(9.11直後は90%)がオリバー・ストーンの映画を観るのか?というと、どうなのだろうと思う。ずーっと支持しなかった10%以外は、少なくとも映画館でこの手の映画を観る客だとは思えない。
ただ、その辺りは作り手の欲望とは関係ないことである。構成としては、9.11以降のブッシュ政権が何故イラク戦争に拘って行ったのか?を、ブッシュの青年期から大統領になるまでのエディプス・コンプレックスを軸にしたパーソナルなエピソードを提示することで、一つの筋書きとしている。
ブッシュ・ジュニアは「父親が2期目の選挙で敗北したのは、フセインを捕らえなかったから。実際に自分がそれを行う事で父親を超えられる.。」という欲望を行動原理として、無理な戦争を行った。父親を超えたと思った瞬間から悪夢が始まった。
オリバー・ストーンはこのシンプルな筋書きを、過去のエピソードを引くことによって補強する事に物語の多くを費やしている。結果、何故彼が選ばれてしまったのか?に関して、選挙戦の模様(2000年の選挙に関する疑惑、露骨なネガティブ・キャンペーンの様子など、ネタは沢山あったにも拘らず)を描写するようなことはなく、且つ、9.11自体も描かず、9.11前までと、9.11以後の話で映画を構成している。例えば9.11は自作自演だったのではないか?とか、事前情報を得たにもかかわらずわざと対策を打たなかったのではないか?など、広く流布された陰謀説を暗示することもない。代わりにブッシュ自身の幼児性が強調され、知性、法ではなくrebornをコンセプトとする宗教への執心、歴史認識の欠如などを強調、「器ではない」というセリフを本人、父ブッシュにあてがって、大統領としての適正を否定している。
これはこれで一つのやり方であるが、マイケル・ムーア的なアジテーション映画があった後、やはり食い足りない感じが残った。
また、前述の「MILK」に比べるとモノマネ感がどうしても否めず、且つブッシュのセリフ(多分実際の発言)の幼児性がそれに輪をかけるためにコメディーにみえる。小泉劇場なるものも幼児的なレトリックに溢れているが、この映画で描かれるブッシュ政権のバカバカしさも大変なものだ…と思わせるのだが、本当に周囲も含めてこんなにダメなのか?と思うぼくはナイーブなのか...と考えさせられたことは確かで、政治、メディア不信が極まった時代(両方ともプロンプターを多用し、極論すれば読む人間は素直で人好きがすれば誰でも良い)を描いたモヤモヤする一本であった。
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